現代写真研究所
2023入江ゼミ写真展
出品作品
入江ゼミ写真展「共生」は写真を通じて、戦争の記憶を受け継ぐ活動、気候変動による生物多様性への危機、未来にわたってどんな人も共生できる社会と環境、民主主義の根幹とも言える表現の自由を…との思いを重ねてきました。今、私たちが取り組んできたテーマとは反対の事態が進行していることを、とても残念に思います。
新型コロナ禍で2年間ゼミ展を開催することが出来ない事態もありました。撮影活動はそうした中でも、近隣の街・都市・家族また自然の中に足を運び、各自のテーマに沿って取り組んで、幸い昨年は写真展の開催に至りました。今回も制約された中での撮影を強いられましたが、発表する場がもてることになり、喜びを感じているところです。
今後ともよろしくお願いいたします。
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個々の作品は撮影者の著作物です。
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『森の気』 特別出展 入江 進
「屋久島では、月に35日雨が降る」と言われるぐらい降水量が多い。この時の滞在は5日だったが、みごとに毎日雨に見舞われた。レンズにも雨は降り注ぎ、最後にはカメラの挙動がおかしくなったが、神秘的なガジュマルの姿をとらえることができた。
撮影地 鹿児島県 屋久島
『春の大鹿村の廃屋改修』 吉川 隆
両親が亡くなって18年。住んでいた田舎の家は無人となり、廃屋寸前となっている。この後何年この家で暮らせるのかわからないが、寝て起きて暮らせる様に家の改修に向かった。しばらくしたら、きなくさい浮世を離れて、のどかな田舎で暮らしたいものだ。
撮影地 長野県大鹿村
『伊豆の貌(かお)』 名倉忠義
伊豆・天城山陵歩道は、自然との触れ合いを求めて高齢者から子供まで幅広い層のハイカーに親しまれている。雪と氷の季節であっても私たちを拒むことは滅多にない。氷点下に冷やされた樹木に降り注ぐ雨が凍ったもので雨氷(うひょう)と呼ばれていることが最近になって解った。
『流浪の街』 伊藤 亨
近所の中華屋さんが店じまいした。破竹の勢いで変わっていく街。営まれた生活の記録や文化は、おおかたは消えていく。新しく目に触れる景色は、装いを鮮やかに登場する。
「新しい活力」への変転で、置き去りにされたものが満たされるだろうか。
『思い出の築地』 須永純子
昭和60年代女性にとって就職・結婚・出産は厳しい環境にあった。就業規則を学び、申請すれば取得できる制度を知った。勇気ある先輩に続き既得権行使で定年まで勤務した。退職後同期との待ち合わせは思い出を語る築地。昭和42年建設の本社ビルは令和4年解体作業へ。私たちの築地は今も変わっていなかった。
撮影地 築地
『私の「浦安」ー思い出の境川ー』 岸本剛紀
浦安といえば今はディズニーランドだが、わずか半世紀前は活気ある漁師町。街の真ん中を流れる境川、その川を埋め尽くす「べか舟」、浅利と蛤、厳冬期の海苔干し、東京湾が生きていた。その後工場からの汚染水で漁業権放棄へ。幼い頃の映像を求めても所詮無理なこと。カメラに映ったものは淡い思い出ばかり。
撮影地 浦安市
『苦い帰郷―高知県へ』 川地素睿
昨夏、5年ぶりに土佐・高知へ帰郷した。それから5か月後、昨年末に古くからの友人が帰らぬ人となり、再訪した。その記憶をたどる写真はモノクロになった。
『交差する街』 稲月絹子
東京駅周辺は日本の交通、経済の要衝である。巨大ビルが林立し、多くの人、物が行き来する。整然とし冷徹に見える街で人々は働き、語り合う。丸の内の住人はわずか12人、10世帯。(2023年2月)まさに多くの人を吞み込む巨大な街である。
撮影地 丸の内
『神田川』 清水和雄
神田川は、常に私の生活圏に流れている。中流域に住んでいた少年の頃は、コンクリートの壁ではなく、草の生えた土手であり、川に降りてはザリガニ取りに夢中になった。しかし、大雨が降ればすぐに溢れかえる川だった。高校時代は上流域が遊び場、現在は下流域が仕事のエリアである。そんな神田川の下流域を中心に撮影してみた。
『惜しまれて閉店』 中西勝彦
2022年大晦日、地元で人気の鶏肉惣菜店「とりしょう」の店主は64年間頑張ってきたが、高齢となり惜しまれつつ店を閉じた。親子孫3代のファンも多く、最後の味を求める行列は切れ間がなかった。店主は20数年に渡りネパールと交流を続け、学校建設の資金や奨学金の援助を行ってきた。また子供食堂への支援もしてきた。
撮影地 北区豊島商店街
『毒ガスの島』 増田康雄
戦時中の大久野島は重大な国家機密の島として地図から消されていた。製造に電力は欠かせず、電力不足の時は本土から海底ケーブルで供給していた。実際に毒ガスは中国で使われ、多くのの死傷者を出した加害責任が日本に問われるだろう。また、戦後進駐軍により毒ガスの一部は高知沖の深海に廃棄された。
撮影地 広島県 大久野島
(増田さんは、残念ながら2023年3月に逝去されました。)
『下町の光』 江藤正弘
川口市南部地域と東京の北区、墨田区の下町の風景を表現してみた。
夕陽の当たる街は、ひと味違った味わいを感じさせてくれる。
『昭和がまた一つ消えた』 深澤大三
昭和に開業した宝商店街(隣の宝湯が由来)。昭和50年代に宝湯の廃業に伴い木根川商店街に名称変更(旧地名)された。平成になった頃は数店舗のみとなり、その後は理髪店、ラーメン店だけが営業してきた。平成30年2月にラーメン店が廃業、理髪店も令和元年に廃業し、現在は更地になっている。
撮影地 葛飾区東四つ木
『黄昏のストーリー』 田中なみこ
黄昏とは、日が暮れて薄暗くなり相手の顔の見分けがつきにくく「あなたは誰ですか?」と問いかける時間帯といわれている。そんな黄昏の中で私たちは人生というストーリーを生きている。
それはまるで映画のワンシーンのように美しい。
沈みゆく太陽の陽射しが私たちの心を優しく癒してくれる。
撮影地 東京都新宿
『赤米会の仲間たち』 宮寺幹夫
新聞に『国分寺赤米 大きく育て』という記事が載った。国分寺市の小学生の赤米栽培とそれを手伝う"国分寺赤米会"についてであった。それがきっかけで私と赤米会の出会いが始まった。
撮影地 国分寺市
『再開発の波に呑まれる三田小山町西地区(港区三田一丁目)』 清水康子
一部では銭湯の小山湯のように、大正時代から残る建築物もある。昭和初期のレトロな街並みの三田小山町西地区が、間もなく大規模な再開発で姿を消し、数年後にはタワーマンションが林立する近代的な街に変わる。
撮影地 三田小山町西地区(港区三田一丁目)
『準さん』 榎本佳恭
準さんの表情に心躍りカメラを向ける。いろいろな集いで彼の明るい笑顔に皆さんも目を細め、フードパントリーでも人気者。街角で会ったら、お声かけくださいね。
撮影地 東京都杉並区